親が認知症だと実家は売れないのか ─ 判定基準を判例で確認する

長谷川式19点で否定、8点で肯定。点数では決まりません

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CONTENTS

  1. 1. 無効になると、買った側が一方的に損をします
  2. 2. 判定は「行為ごと」に相対的に行われます
  3. 3. 長谷川式やMMSEの点数では決まりません
  4. 4. 「はい」と答えられることは、証明になりません
  5. 5. 買った業者の落ち度が、無効の判断に入ります
  6. 6. 記録は一日分では足りません
  7. 7. 医師は「意思能力あり」と書けません
  8. 8. では何をすればよいのか
  9. 無料診断でお確かめいただけます

判定されるのは「認知症かどうか」ではありません。民法3条の2の意思能力、つまりこの取引の意味と結果を理解できているかです。この二つは一致しません。

認知症の診断があっても契約できる場合があります。診断がなくても契約が無効になる場合があります。ここを取り違えたまま話が進むと、契約したあとで無効になるという最悪の結果になります。

1. 無効になると、買った側が一方的に損をします

民法3条の2は「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする」と定めています。取消しではなく無効です。

そして民法121条の2第3項により、意思能力を有しなかった者の返還義務は現に利益を受けている限度に縮減されます。つまり代金が使われてしまっていれば、買主は不動産を返しても代金の全額が戻らないことがあり得ます。

ですので、まともな不動産業者は意思能力に疑義がある取引を避けます。「安く買われるのではないか」と警戒される方が多いのですが、実際には買主にとってこそ避けたい取引なのです。

2. 判定は「行為ごと」に相対的に行われます

福岡高等裁判所 平成16年7月21日判決(判タ1166号185頁)は、意思無能力かどうかは問題となる個々の法律行為ごとにその難易、重大性なども考慮して、行為の結果を正しく認識できていたかどうかを中心に判断されるべきものである、と述べています。

したがって「日常生活に支障はない」ことは、不動産を売る意思能力を裏づけません。お菓子を買う能力と、家を売る能力は別のものとして扱われます。

逆もまた成り立ちます。日常生活に支障があっても、この家を売るとどうなるかを理解できていれば、意思能力が認められる可能性があります。

3. 長谷川式やMMSEの点数では決まりません

これは調べていて最も驚いた点です。逆向きの判決が両方あります。

判決長谷川式(HDS-R)結論
東京地裁 令和3年3月3日19点(軽度)遺言能力を否定
東京地裁 平成30年6月13日8点(重度)遺言能力を肯定

点数の順序と結論が逆転しています。前者は「重症度分類は参考程度」「簡易な検査における判定には限度がある」と述べ、後者は「意欲や集中力が十分でないときには実際よりも得点が低くなる」と述べています。

そして家庭裁判所の書式そのものが、点数と能力の判断を切り離しています。成年後見制度用の診断書は、長谷川式やMMSEの点数を「各種検査」の欄に置き、「判断能力についての意見」を別のセクションとして、その判定の根拠に見当識・他人との意思疎通・理解力判断力・記憶力の四つの機能を挙げています。

裁判所自身が、能力の判断根拠としてスコアを挙げていないということです。「何点以下だから売れません」という説明を受けたら、その根拠を確かめてください。

4. 「はい」と答えられることは、証明になりません

これは実務で最も見落とされている点だと思います。東京地方裁判所 平成26年2月25日判決は、売主が周囲に対して取り繕ったり迎合的になったりして場面や相手によって自らの意見を変える傾向が顕著であったことを、判断能力が著しく障害されていた根拠として挙げています。

つまり素直に「はい」「わかりました」と答えられることは、意思能力の証明にはならず、むしろ迎合の兆候であり得ます。「本人がいいと言っている」は、それだけでは何も担保しません。

ですので確認は、はい・いいえで答えられない形にする必要があります。当社がご本人にご説明いただくのは次の八項目で、すべて自由にお答えいただく形です。

お答えは要約せず、ご本人の言葉のまま記録します。要約すると、記録した側の理解が混ざってしまうためです。

5. 買った業者の落ち度が、無効の判断に入ります

前掲の東京地裁 平成26年2月25日判決は、宅地建物取引業者が買主となった事案です。85歳の売主からアパートを購入し、そのアパートには売主の長女夫婦が住んでいたのに、長女夫婦に知らせずに売却されていました。契約は無効とされました。

注目すべきは、裁判所が売主の状態だけでなく買主側の事情を検討したことです。判決は、不動産取引の専門家でありながら親族間の紛争が予想される不合理な要望を漫然と受け入れ、注意義務を尽くしたか疑問が残ると述べ、専門家としては取引の合理性に十分な注意義務を尽くすことが求められるとしています。

買主の注意義務違反が、無効の判断に組み込まれています。業者にとって「知らなかった」は防御になりません。

この判決があるので、当社は自社が買主になる案件でも意思能力の記録を必ず残します。お客様のためだけではなく、当社自身が注意義務を尽くしたことの記録として必要だからです。そして「意思能力に疑義がある」と記録した案件は、当社が買主となる契約に進めないよう、システム側で到達できないようにしています。

6. 記録は一日分では足りません

日本弁護士連合会「民事信託業務に関するガイドライン」(2022年12月16日)は、必ず委託者と面談すること、親族の同席なしに個別に意思確認をする機会を設けること、日時・場所・方法を変えるなどして意思確認を複数回行うことが望ましいこと、記録は取引終了後5年間保存することを挙げています。

そして決定的なのは、家庭裁判所の本人情報シート(令和4年10月版)に「認知機能が日によって変動することがあるか」を記載する欄があることです。単一時点の記録では足りないことを、裁判所自身が前提にしています。

午前は話が通じたのに午後は分からない、という日常的な観察には、法的な意味があります。ご家族が「日によって違う」と感じておられるなら、その日付と様子を書き留めておいてください。後で最も効く記録になります。

7. 医師は「意思能力あり」と書けません

意思能力の有無は法的な評価で、最終的に判断するのは裁判所です。医師が書けるのは医学的な所見までです。ですので診断書を依頼するときの言い方を変える必要があります。

「意思能力があると書いてください」ではなく、「成年後見制度用の診断書の書式に沿って、判断能力についての意見と判定の根拠を記載してください」と依頼してください。書式は裁判所のサイトから取得できます。

公正証書にすれば安心、とも言えません。日本弁護士連合会・日本司法書士会連合会は公証人によるスクリーニング機能を期待していると書いていますが、公証人側が公表した確認手順は見つかりませんでした。研究者からは、公証人による能力確認はほとんど機能していないという批判もあります。

8. では何をすればよいのか

ご本人の状況取り得る手段
問題を感じていない任意後見・家族信託・生前の売却。選択肢が最も多い
物忘れが増えてきた同上。ただし猶予は長くありません。記録を残しながら進めます
MCI(軽度認知障害)と言われたMCIは認知症ではありません。契約できる場合が多いですが、記録と医師の所見が重要になります
認知症の診断を受けている診断名だけでは決まりません。程度により契約できる場合があります
意思疎通が困難ご本人による契約はできません。法定後見の申立てが必要です

手段を選ぶ前に、残された時間を知ることが先です。当社の診断は、ご本人の状況とご家族の観察から、判断できる期間の目安を年数でお示しします。

価格よりも、残り時間のほうが行動を促します。「約3年」と数字で出たときに、初めて動き出される方が多いのです。

当社は医学的な診断を行いません。個別の法律相談にもお答えできません(弁護士法72条)。当社が行うのは、記録、物件の調査、価格の算定、ご家族の意向の整理、そして不動産の売買・仲介です。信託契約書の作成・条項の設計・登記は、司法書士・弁護士の先生方の領域です。

無料診断でお確かめいただけます

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