業務フロー定義書

認知症による資産凍結の予防と、空き家の出口設計

draft v1.5

CONTENTS

  1. 1. 事業の全体像
  2. 2. 法令上の境界(最重要)
  3. 3. 業務フロー(7工程)
  4. 4. 収益構造
  5. 5. 自社が買主となる場合の利益相反対策
  6. 6. 共有名義の案件の取扱い
  7. 7. 建物ありの価格を必ず併記する
  8. 8. 賃貸という出口の取扱い
  9. 9. 士業パートナーの要件
  10. 9-A. 家族信託が不要な案件を、不要と判定する
  11. 9-B. 意思能力の記録には、客観的なデータを紐づける
  12. 10. 運用開始前に必ず済ませること

本文書は、士業(弁護士・司法書士)の独占業務と自社が担う業務の境界を明確にし、非弁行為のリスクを回避しながら事業を運営するための社内基準です。法令解釈を含むため、運用開始前に顧問弁護士のレビューを受けてください。

1. 事業の全体像

意思能力が残っているうちに家の出口を確定させ、実際に土地が動いた時点で収益を得る。予防と組成では儲けない。

認知症により意思能力を失うと、不動産は本人の意思では売却できなくなる。2030年には認知症・MCI高齢者の保有資産が約533兆円(うち不動産184兆円)に達すると試算されている。一方で成年後見制度の利用者は約26万人にとどまり、判断能力が不十分とみられる人の総数(推計約1,300万人)のわずか2%にすぎない。

既存手段が機能していない理由は明確である。家族信託は不動産を含む場合50万〜100万円の初期費用が壁となり、成年後見は認知症になった後の制度であるため後手に回る。本事業はこの空白に、初期費用を抑えた出口設計と、実際に処分する段階での実行支援を提供する。

収益は「予防」ではなく「土地が動いた時」に取る。この構造が、初期費用の壁を下げる原資になる。

2. 法令上の境界(最重要)

2-1. 絶対に踏み込まない領域

以下は弁護士法72条および司法書士法の独占業務である。自社が報酬を得て行えば違法となる。営業資料・面談・メールのいずれにおいても、これらを自社が行うと表示・示唆してはならない。

東京地裁 令和3年9月17日判決(金判1640号40頁)は、依頼者が望んだ有効な信託契約書を作成・提供しなかった専門職に損害賠償責任を認めた(争点は信託口口座に関するリスク説明義務であり、意思能力ではない)。信託契約書の作成は責任の重い業務であり、士業に委ねるべき合理的な理由がここにもある。意思能力については、宅地建物取引業者が買主となった東京地裁 平成26年2月25日判決が、買主の注意義務違反を無効判断に組み込んでいる点で当社に最も重い。

2-2. 自社が担う領域

以下はいずれも事実行為または不動産実務であり、法律事務には該当しない。

業務性質留意点
意思能力の記録・時系列データの提供事実の記録医学的診断は行わない。記録と経過の提示にとどめる
建物状態の調査、解体費の見積取得不動産実務解体業者の見積は業者名を明示して提示する
更地想定価格・売却可能性の算定不動産実務査定は宅建業者が行う。自社が免許を持つまでは提携先が実施
家族間の意向整理・合意形成の進行管理事務局業務紛争性が生じた時点で直ちに士業へ引き継ぐ
補助金の調査・申請書類の準備支援行政手続の事実行為申請の代理は行わない。本人が申請する
士業への取次ぎと進捗管理取次ぎ紹介料を受領しない(下記2-3)
買取・売却の取引(免許取得後)宅地建物取引業宅建業免許が必要

2-3. 紹介料を受領しない

弁護士職務基本規程は、弁護士が非弁提携業者から事件の紹介を受けることを禁じている。自社が士業から紹介料を受領する関係になると、士業側が懲戒リスクを負い、提携関係そのものが成立しなくなる。

自社の収益は不動産取引と実行支援から得る。士業への取次ぎは無償で行う。

この設計は事業の収益構造と整合している。組成段階で収益を取らないため、初期費用を下げて普及させるという事業目的にも合致する。

2-4. 解体費の負担スキームと貸金業法

金融庁は2025年4月2日に「立替サービスの貸金業該当性に関するQ&A」を公表した。同Q&Aは、貸付けと同等の経済的効果を有するかを個別に判断するとし、①どの程度資金需要者の支払能力を補完しているか、②どの程度資金需要者の信用力を考慮しているか、に着目するとしている。判断にあたっては手数料の設定方法、立替期間、資金需要者の属性・利用態様等を総合的に勘案する。

設計貸金業該当性採否
解体費を貸付け、後日返済させる該当する(登録が必要)採用しない
買主が解体費を負担し、買取価格から控除する該当しない可能性が高い採用する
売却代金からの精算を条件に解体費を負担するグレー(要照会)当面採用しない

宅地建物取引業法にも民法にも、解体費用の負担者を定める条文はない。当事者間の合意で決められるため、「買主が解体費を負担し、その分を買取価格に織り込む」設計は売買契約の対価調整であり、貸付けではない。この設計を採用する。

運用開始前に、この設計について金融庁または財務局へのノーアクションレター照会、もしくは顧問弁護士の意見書を取得すること。Q&Aは実質判断を採るため、「立替」という名称だけでは安全にならない。

3. 業務フロー(7工程)

各工程の担い手を明示する。「士業」と記載された工程に自社が踏み込んではならない。

工程1: 初回診断(自社/無償)

工程2: 現地調査と見積取得(自社/有償)

工程3: 意思能力の記録開始(自社/月額)

工程3が本事業の差別化の核である。警備会社の見守りは駆けつけを主目的としており、この用途を狙っていない。同じセンサーとログが、家族信託の有効性を支える証拠になる。

工程4: 家族の意向整理(自社/有償)

工程5: 信託契約の組成(士業/有償)

工程6: 発動判定(自社/月額の継続)

工程7: 処分の実行(自社+提携先/収益発生)

4. 収益構造

工程料金性質
工程1 初回診断無償顧客獲得。ここで収益を取ると競合と価格勝負になる
工程2 現地調査・見積3万〜5万円実費相当。信頼の獲得が目的
工程3・6 記録と監視月額3,000〜8,000円継続収益。日常接点によりリテンションが高い
工程4 意向整理10万〜20万円労働集約。件数を追わない
工程5 信託組成士業の報酬(自社の収益ではない)取次ぎのみ。紹介料は受領しない
工程7 処分の実行取引額に応じた収益本体収益。自社が取引主体となるため取引全体が収益対象

工程1〜6の合計収益は、1件あたり数十万円規模にとどまる。事業として成立させる収益は工程7で得る。したがって、工程7に到達しない案件が積み上がると赤字になる。着手順序として工程7の体制を先に作るべきである。

5. 自社が買主となる場合の利益相反対策

買取価格を抑えたい買主の立場と、所有者の利益を考えて助言する立場を同一主体が担う。この構造を放置してはならない。

自社が宅地建物取引業者として買主となる場合、売主に対して家族信託や処分の助言を行う立場と、買主として価格を決める立場が重なる。相手が判断能力の低下しつつある高齢者である以上、「安く買い叩くために信託を急がせた」と後から評価される余地を先に消しておく必要がある。

これは倫理上の要請にとどまらない。高齢者取引をめぐるトラブルは宅地建物取引業免許そのものに影響する。事業防衛として次の3点を必須の運用とする。

  1. 買取価格の算定根拠を書面で開示する。更地想定額・流動性係数・解体費・諸経費および事業者利益に分解し、所有者が第三者に見せて検証できる形で交付する。
  2. 仲介による他者への売却の選択肢を必ず併記する。自社買取を唯一の出口として提示しない。仲介のほうが手取りが多くなる案件では、仲介を勧める。
  3. 意思能力に疑義がある場合、買取契約を締結しない。医師の診断書と工程3の記録により意思能力を確認できない案件は、法定後見の申立てへ回す。

3番目は収益機会を自ら手放す規定である。しかしここを曖昧にすると、契約の有効性そのものが後日争われ、取引が覆るリスクを負う。判断能力を欠く者との売買契約は無効となり得る。

5-1. 価格の妥当性を担保する手順

6. 共有名義の案件の取扱い

共有は単独所有より重い。共有者のうち1人が意思能力を失えば、その1人だけで物件全体が凍結する。凍結リスクは共有者の人数だけ積み上がる。

実務上、単独名義だと思われていた実家が共有であることは少なくない。特に以前の相続で相続登記をしていない場合、民法898条1項により相続財産は相続人全員の共有に属する。「名義は亡くなった父のまま」は単独所有ではなく共有である。よって工程1の診断では必ず名義を確認し、確認できていない場合は登記事項証明書の取得を先行させる。

6-1. 何に誰の同意が必要か(条文はe-Gov法令検索で原文確認済み)

行為必要な同意条文
自己の持分のみの処分不要(単独でできる)民法206条
共有物全体の売却共有者全員の同意民法206条・251条1項の趣旨
建物の解体共有者全員の同意民法251条1項(形状又は効用の著しい変更)
建物の賃貸(3年以内)持分価格の過半数民法252条1項・4項
協議が調わないときの分割裁判所への請求(最終手段は競売)民法258条1項2項3項
所在等不明共有者の持分の取得・譲渡裁判所の裁判民法262条の2・262条の3

「貸す」は過半数、「売る・壊す」は全員。ここが実務の分岐点になる。持分だけを買うことは制度上可能だが、買主は物件を自由に使えないため市場価値が大きく下がる。当社は持分のみの買取を行わない。

6-2. 意思能力の記録は共有者ごとに作成する

民法3条の2により、意思能力を有しなかった者の法律行為は無効となる。共有では、記録があるのは所有者本人だけという状態は「進行の条件を満たしていない」に等しい。1人でも記録が欠ければその持分について契約が無効になり、結果として取引全体が成立しない。システム側では、案件の共有者人数に対して記録対象者の数が足りない場合、買取フローへの進行を阻却する(COOWNER_RECORD_MISSING)。記録には対象者の氏名を必須項目とし、氏名のない記録は保存できない。

6-3. 所在不明は解決できるが、認知症は代替できない

連絡の取れない共有者については、民法262条の2(持分の取得)・262条の3(持分の譲渡)という制度上の出口がある。ただし相続財産に属する持分については相続開始から10年を経過していないと使えない。一方、認知症で意思能力を失った共有者について、その意思を裁判所が代わりに補う制度はない。用意されているのは成年後見人を選任して代理させる方法だけで、居住用不動産であれば家庭裁判所の許可も必要になる(民法859条の3。許可のない処分は無効。保佐は876条の5第2項、補助は876条の10第1項で準用)。営業上、この順序を誤ってはならない。所在不明より認知症のほうが重い。

6-4. 相続登記は義務である

不動産登記法76条の2第1項は、相続により所有権を取得した者は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、当該所有権を取得したことを知った日から3年以内に登記を申請しなければならないと定める。同法164条1項は、正当な理由がないのに申請を怠ったときは10万円以下の過料に処するとする。相続登記未了の案件では、遺産分割協議と相続登記の先行が最も効果の大きい対策になる。分割が終われば単独名義にでき、その後の凍結リスクは1人分に減る。ただし遺産分割協議そのものに相続人全員の意思能力が必要であるため、着手が遅れるほど不可能になる。

7. 建物ありの価格を必ず併記する

「解体して更地にして売る」ことのみを前提とした試算は、まだ市場価値のある建物を壊す提案になり得る。2つのルートを常に並べて提示する。

建物の残価は原価法で評価する。国土交通省「中古戸建て住宅に係る建物評価の改善に向けた指針」(2014年3月31日公表)は、個別の住宅の状態にかかわらず一律に築後20〜25年で建物の市場価値をゼロとする慣行を改めるものとして、住宅を基礎・躯体と内外装・設備に分類し、基礎・躯体については性能に応じて20年より長い耐用年数を設定すること、基礎・躯体部分の機能が維持されている限りリフォームによる価値の回復・向上を評価に反映することを示している。当社はこの2分類方式を採る。

7-1. 数値の出所を分けて開示する(5章の算定根拠開示に同じ)

数値出所性質
再調達原価の単価国税庁「地域別・構造別の工事費用表(1m2当たり)令和7年分用」公表値
基礎躯体/内外装設備の構成比当社の設定値指針は割合を公表していない
耐用年数当社の設定値(指針の「20年より長い年数」の考え方に沿う)指針は具体的年数を公表していない
中古戸建て市場での反映率当社の設定値原価法の数値がそのまま実勢価格にはならないため
解体費構造別坪単価×立地係数(1980年以前はアスベスト費を加算)実額は業者3社の見積で確定

法定耐用年数(国税庁 減価償却資産の耐用年数。木造住宅用22年等)は税務上の期間であり市場価値の評価年数ではない。混同して用いてはならない。

7-2. 再建築不可の敷地では解体を提案してはならない

建築基準法43条の接道義務を満たさない敷地は、建物を除却すると新築ができない。現存する建物が、その土地を使える唯一の根拠である。解体は価値の破壊そのものになる。システムは無接道の入力に対し、更地ルートを選択不能として表示し、その理由を明示する。

7-3. 現況売却で見落としやすい実費

8. 賃貸という出口の取扱い

出口を売却に限ってはならない。ただし「空いているから貸せばいい」は、当社が最も高くつく助言をしてしまう場面である。

空き家バンクやポータルサイトの掲載は売却が大半だが、築浅の物件には賃貸が出ている。また相続人の間で「先祖の家を売る」ことへの合意ができない案件では、賃貸が現実的な着地になる。よって賃貸を独立した出口として評価する。

8-1. 【最重要】共有では、貸すのは売るよりはるかに容易である

民法252条1項は共有物の管理に関する事項を持分価格の過半数で決するとし、同条4項3号は建物の賃借権等について3年を超えないものを設定できるとする。つまり共有物全体の売却には全員の同意が必要だが、3年以内の賃貸は持分価格の過半数で足りる。

したがって、共有者の1人が認知症になって売却が凍結した案件でも、持分の過半数を確保できていれば貸すことができる。賃貸は、凍結した資産から収益を得られる数少ない合法的な手段である。固定資産税と維持費を賃料で賄えれば、後見の申立てや相続の発生を待つ間の持ち出しを止められる。

これは営業上も重要である。「売れません」で終わる案件が、「貸せます」に変わる。ただし賃貸借契約の締結には貸主となる方の意思能力が必要であるため、過半数を構成する共有者を意思能力の記録の対象に含める。なお民法602条3号も、処分の権限を有しない者による建物賃貸借を3年に制限しており、252条4項3号と符合する。

8-2. 後見人による賃貸にも家庭裁判所の許可が必要である

民法859条の3は、成年後見人が居住用の建物または敷地について「売却、賃貸、賃貸借の解除又は抵当権の設定その他これらに準ずる処分」をするには家庭裁判所の許可を得なければならないと定める。条文が賃貸を明記している。「貸すだけなら許可は要らない」は誤りであり、許可を得ない処分は無効である。

ただし既に施設入居等により当該建物が居住の用に供されていない場合の扱いには議論がある。これは法律判断であるため、当社は「許可が必要な可能性がある」と伝えるにとどめ、断定しない。

8-3. 普通借家で貸すと売却の自由を失う

借地借家法26条1項により、期間満了の1年前から6月前までに更新拒絶の通知をしなければ契約は更新されたものとみなされ、その期間は「定めがないもの」になる。さらに同法28条により、貸主からの更新拒絶・解約の申入れには正当の事由が必要であり、「売りたいから」は通常それだけでは正当事由にならない。

認知症対策として出口を確保するために貸したのに、貸したことで出口を失う。この逆転を起こしてはならない。当社が関与する賃貸は定期借家に限る。

8-4. 定期借家の手続を1つ落とすと普通借家になる

借地借家法38条1項は書面によって契約をするときに限り更新がないこととする旨を定められるとし、同条3項は、あらかじめ賃借人に対し更新がなく期間の満了により終了する旨を記載した書面を交付して説明しなければならないとする。そして同条5項は、この説明をしなかったときは更新がない旨の定めを無効とする。

  1. 契約書を書面で作る(38条1項)
  2. 契約書とは別に、更新がない旨の事前説明書面を交付して説明する(38条3項)。契約書への記載のみでは足りない
  3. 事前説明書面の交付を受けた旨の記録を残す(38条5項の効果が致命的であるため、当社の記録項目に加える)
  4. 期間1年以上の場合、期間満了の1年前から6月前までに終了の通知を出す(38条6項)。出さなければ終了を賃借人に対抗できない

4番目は貸してから数年後の作業である。当社が管理を受託する案件では、通知期間の管理をシステムの通知対象に含めること。ここを落とすと物件が戻ってこない。

8-5. 【最大の落とし穴】貸すと空き家の3,000万円控除を永久に失う

租税特別措置法35条3項1号イは、相続した被相続人の居住用家屋(空き家)の3,000万円特別控除の要件として「当該相続の時から当該譲渡の時まで事業の用、貸付けの用又は居住の用に供されていたことがないこと」を定める。取り壊して土地を譲渡する場合(同項2号イ・ロ)も同じである。一度でも貸すと、この特例は戻らない。

控除額は最高3,000万円、令和6年1月1日以後の譲渡で取得した相続人が3人以上の場合は2,000万円である。適用要件は昭和56年5月31日以前の建築、区分所有建物登記でないこと、相続開始の直前に被相続人以外に居住者がいなかったこと、相続開始があった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までの譲渡、売却代金1億円以下(国税庁 タックスアンサー No.3306)。

当社の主戦場は岩手の旧耐震木造である。この特例の対象になる物件が多い。「空いているのだから貸せばいい」という助言が、数百万円を失わせる助言になり得る。相続で取得した空き家では、貸す前に必ず税理士への確認を促す。

8-6. 逆に、早く貸せば将来の相続で効く

租税特別措置法69条の4は貸付事業用宅地等について200m2まで相続税評価額を50%とする(同条1項2号・2項3号)。ただし同条3項4号は「相続開始前三年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等」を除く。余命が見えてから慌てて貸しても間に合わないが、早く始めれば効く。判断できる期間を数字で出す当社の診断と正面から噛み合う論点である。

あわせて貸家建付地の評価は「自用地としての価額 −(自用地としての価額 × 借地権割合 × 借家権割合 × 賃貸割合)」で、借家権割合は全国一律30%である(国税庁 タックスアンサー No.4614)。

ただしこれらは相続税が発生する資産規模でこそ効く。岩手県内では基礎控除に収まる案件が多く、評価減を貸す理由に挙げるのは実態に合わない。当社は税額計算を行わないため、規模が問題になる案件は税理士に回す。

8-7. 貸主の義務と、JTIの借上げ制度

民法606条1項により貸主は修繕義務を負う。給湯器・エアコン・水回りの故障は貸主の負担である。「貸せば収入になる」ではなく「貸せば義務を負う」と理解すべきで、高齢の所有者本人が対応することは現実的でない。

一般社団法人 移住・住みかえ支援機構(JTI)の「マイホーム借上げ制度」は、原則50歳以上の方の住宅を借上げて転貸し、1人目の入居者が決まった後は空室が生じても規定の賃料を保証する。契約は3年以上の定期借家で、貸し出す期間は所有者が決める。JTIの定める耐震強度が条件で、築25年超は建物診断(有料)、築25年以内は無料の外観調査。申込手数料18,700円(税込)。事業用物件・賃貸併用住宅の賃貸部分は原則対象外。

この制度は当社の設計と噛み合う。定期借家であるため売却の自由を失わず、空室保証があるため遠方の相続人でも収支が読める。「いったん貸し、判断能力があるうちに信託を組み、その後で売る」という順序が組める。ただし耐震要件があるため、旧耐震では耐震工事費を織り込んだ判断が必要である。

8-8. 収益への影響

賃貸は工程7(処分の実行)の代替ではなく、工程7を将来に延期するものである。当社の本体収益は売買から得るため、賃貸に流れた案件は収益化が数年先になる。一方で管理受託料という継続収入が生まれ、賃貸期間中も顧客との接点が続くため、判断能力の変化を捉えて信託や売却に移す機会を持てる。

賃貸を勧めることで当社の売買収益が遠のく構造は、5章の利益相反対策と逆向きの緊張を生む。すなわち「本当は貸したほうがよい案件を、売らせてしまう」誘因がある。したがって賃貸との比較を必ず画面に出し、賃貸が有利な案件ではその旨を表示する実装とした。判断を担当者の裁量に委ねない。

9. 士業パートナーの要件

複数の士業と提携し、案件を分散させる。1事務所への依存は、その事務所の処理能力が事業の上限になることを意味する。

9-A. 家族信託が不要な案件を、不要と判定する

意思能力があることは、家族信託が必要であることを意味しない。当社は信託を勧めない判定をシステムに実装し、担当者の裁量に委ねない。

家族信託の費用は不動産を含む場合で総額100万円前後である。うち司法書士・弁護士の独占業務(契約書の作成、公正証書化、信託登記)は20〜30万円程度で、最大の項目はコンサルティング報酬(財産額の0.5〜1%程度)である。したがって当社が信託を勧めるたびに、相談者は大きな出費をする。

信託が本来的に効くのは「売却までに数年あり、その間に意思能力を失い得る」場合のみである。次の場合、信託は不要または不可であり、勧めてはならない。

状況判定理由
意思能力があり、1年以内に売却する意思が固まっている不要本人が売主として直接契約できる。信託を経由する意味がなく、信託登記の登録免許税と信託終了の登記が余計に生じる
売却の意向がない(住み続ける・残す)不要売却のための手段であり、売らないのであれば目的がない
売却時期を決めていない時期尚早方針が未定の段階で100万円の支出を勧めない。まず売る・貸す・残すを決める
認知機能に問題がなく、売却が5年以上先か未定時期尚早使わないまま契約を維持する期間が長く、受託者に分別管理義務等の継続的負担が生じる
既に意思能力を失っている不可委託者の意思能力を前提とするため契約できない(民法3条の2)。法定後見の申立てによる
共有者のうち既に判断能力を失っている者がいる不可本人の持分に信託を組んでも、共有物全体の売却には全員の同意が必要で出口が開かない
売却までに2〜3年以上あり、意思能力がある有効この空白を埋めるのが信託の本来の機能。後見と違い家庭裁判所の許可を待たない

9-A-1. 「信託は不要」は「当社の役務が不要」ではない

信託が不要と判定した場合でも、工程3(意思能力の記録)は必要である。売買契約時の意思能力が後日争われるリスクは、信託の有無と無関係に存在する(東京地方裁判所平成26年2月25日判決は、宅地建物取引業者が買主となった売買契約を意思能力の欠如により無効とし、買主業者の注意義務違反を判断に組み込んだ)。両者を混同すると、必要な記録まで省く判断になる。

9-A-2. 利益相反の開示は、判定の向きに応じて書き分ける

「いま直接売却する」という判定は、当社の収益が早まる結論であり当社に有利である。一方「いまは信託も売却も不要」という判定は、当社の収益が先に延びる結論であり当社に不利である。帳票にはこの向きを区別して記載する。一律に「当社は損をしません」と書くことは、内容によって虚偽になるため禁止する。

本章は、価格算定において「仲介の方が手取りが多い場合は自動で仲介を勧める」(5章)と同一の思想に立つ。当社に不利な結論を、担当者の善意ではなくシステムが出す。

9-B. 意思能力の記録には、客観的なデータを紐づける

面接者が入力したテキストは、当社が作成した文書である。当社は買主となる立場であり、その文書だけで「本人が自ら説明した」ことを証明する構造は成立しない。

工程3で記録する回答欄は、担当者が入力する。したがって争いになれば「その回答は本当に本人がその言葉で述べたのか」「業者が都合よく記載したのではないか」が最初の争点になる。東京地方裁判所平成26年2月25日判決は、買主である宅地建物取引業者の落ち度を意思能力の判断に組み込んだ。当社が作成したテキストのみで注意義務を尽くしたと主張することはできない。

9-B-1. 録音の法的な位置づけ

録音の証拠能力は、本人の同意がなくても原則として肯定される。東京高等裁判所昭和52年7月15日判決は、民事訴訟法が証拠能力について規定を置かないことを前提に、判断基準を「その録音の手段方法が著しく反社会的と認められるか否か」に置いた。

それでも当社は必ず同意を得る。理由は証拠能力ではなく次の3点である。第一に、認知機能に関する情報は要配慮個人情報に触れる取得になる。第二に、「無断で録音していた」事実自体が、前掲判決型の注意義務違反の心証を悪くする。第三に、投資信託協会の高齢顧客ガイドラインは会話の録音・記録・保存を求めつつ、顧客への周知を伴う運用を前提としている。したがって「録音する理由を説明し、同意を得た経緯」まで記録する。同意のチェックのみでは足りず、どのように説明し本人が何と答えたかを記載する。

9-B-2. 録音を保存の必須条件にはしない

「録音がなければ意思能力の記録を保存できない」実装にはしない。録音を拒まれた面談の記録そのものが残らなくなるためである。記録がないことは、当社にとって不利な記録があることよりも弱い。

したがって二段構えとする。記録の保存は客観的記録がなくても可能とし、面談の事実を必ず残す。一方、買取契約(当社が買主となる取引)は客観的記録がなければ進めない。システムはこれを CAPACITY_EVIDENCE_MISSING として阻却し、テナントの設定では無効化できない。

9-B-3. 録音を得られなかった場合の代替

代替として認めるのは、当社の利害から独立した第三者の立会いに限る。当社の従業員は当社が作成したテキストと同じ性質になり、売却を希望する親族は利害関係者になり得る(前掲判決は同席者に迎合して意見を変える傾向を判断能力欠如の根拠とした)。認めるのは司法書士・弁護士・公証人・税理士・ケアマネジャー・地域包括支援センター・施設職員等である。日本弁護士連合会のガイドライン第1-4(2)が「医療や介護に関わる記録や証言」を挙げ、全日本不動産協会が施設関係者からの聴き取りを求めているのと同じ方向である。

録音がない理由代替の可否扱い
本人が録音を望まれなかった代替を認める独立した第三者の立会いがあれば買取に進める。ただし記録の強さは下がる旨を表示する
親族が録音を望まれなかった代替を認めるその事実自体を記録する。本人の意向と親族の意向が異なる可能性があるため
施設・病院の方針で録音ができなかった代替を認める同上
機器の不具合で録音できなかった認めない当社側の事情である。改めて面談を設定する
録音を試みなかった認めない客観的記録の欠如を当社が選んだことになる

9-B-4. 改ざん耐性と保存期間

当社が作成し当社が保管する証拠は、「後から差し替えたのではないか」を必ず問われる。そこで保存時にSHA-256を計算して記録し、さらに各記録のハッシュを直前の記録のハッシュに連結する(ハッシュチェーン)。1件だけ差し替えると以降の連鎖が合わなくなるため、都合のよい入れ替えができない。検証結果は画面から出力でき、閲覧も監査記録に残す。

保存期間は5年とする。日本弁護士連合会「民事信託業務に関するガイドライン」(2022年12月16日)が、当該信託に関する取引等の終了後5年間の保存を求めている。意思能力が争われる時期は取引の後であるため、期限前の削除は許可しない。本人からの削除の請求は、個人情報保護法上の保有の制限との関係で個別に判断する。

記録は、士業に渡す資料としてだけでなく、当社が注意義務を尽くしたことの証拠として必要である。当社自身が作成した文書だけで足りると考えることが、この事業における最大の油断である。

10. 運用開始前に必ず済ませること

  1. 本文書の顧問弁護士レビュー(特に2-1、2-2、2-3の境界設定と、5章の利益相反対策)
  2. 解体費負担スキームの法的整理(2-4)。ノーアクションレター照会または意見書の取得
  3. 宅地建物取引業免許の取得(宅地建物取引業保証協会に加入する場合、弁済業務保証金分担金60万円。営業保証金1,000万円の供託に代えられる)
  4. 認知機能判定エンジンの調達先の確保(自社開発はしない)
  5. 意思能力記録の取扱いに関する個人情報保護法上の整理(要配慮個人情報に該当する可能性がある)。9-B の録音・録画を含めること。録音は本人の音声そのものであり、5年間の保管に耐える暗号化と、アクセス権限の設計が必要である
  6. 録音・録画の保管先の決定(現在はアプリケーションと同一のディスク)。国内リージョンのオブジェクトストレージへ移し、保管時の暗号化と、削除の抑止(保存期限までのロック)を基盤側の機能で担保すること
  7. 営業資料の法務チェック(士業の業務を自社が行うと読める表現の排除)
  8. 共有名義案件における当社の関与範囲の整理(6章)。遺産分割協議の「進行管理」と「協議への関与」の境界は、非弁の線に最も近い論点である
  9. 建物価格の設定値(構成比・耐用年数・市場反映率)の妥当性確認。不動産鑑定士の意見を得ることが望ましい(7章)
  10. 賃貸を扱う場合の税務上の説明範囲の整理(8章5節・6節)。空き家3,000万円控除の喪失は税理士法上の税務相談に触れ得るため、当社は「特例が使えなくなる可能性があるので税理士にご確認ください」までとし、税額計算・有利不利の判定は行わない
  11. 定期借家の事前説明書面(借地借家法38条3項)の書式整備と、38条6項の終了通知の期限管理をシステムの通知対象に加えること

5番目は見落としやすい論点である。認知機能に関する記録は健康情報であり、要配慮個人情報として本人の同意取得と厳格な管理が必要になる可能性が高い。記録を事業の核とする以上、ここは初期から設計に織り込むこと。

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